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ギャラリースペースゆう
いよの風通信 エッセイ
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写真の愉しみ Vol.1
 「思わず晩酌の盃を」
  先日、日曜日の夜テレビをつけるとNHKの新日曜美術館でアンリ・ルソーの特集をやっていた。ルソーはご存知のとおり20世紀初頭のフランスを舞台に、独特な画風で注目を集めた画家。テレビのナレーションはそのプリミティブな描き方は後進の画家たちに少なからぬ影響を与えた、と言っている。驚いた。あの絵を真似る人がいるのだ。日本でも多くの画家が影響を受けたらしい。そういえば岡鹿之助の絵がルソーの絵の兄弟のように思えてきた。ゲストの横尾忠則さんのお話もなんだかとても説得力がある。
なるほど、ふむふむと合点しながらみていると、なんと突然、植田正治もその一人だと言い出した。こんどは思わず晩酌の盃を落としそうになった。  ちょっと待て、植田正治は写真家ではないか。彼が絵を描いていたなんて聞いたこともなかったぞ。しかし、よくよく聞いていると例の砂丘シリーズの一連の写真が、ルソーの絵に似ているらしい。なーんだ、やっぱり写真かと安心したのだが、でもどこが?
テレビのナレーションはルソーの描く、硬く凍りついたような人物と、植田のポーズをとらせた写真の人物が似ていると言う。そうか、確かにそうだ。ルソーの芝居の書割のような背景は、植田の舞台装置のような砂丘に似ているし、少しシュールな印象も一緒だ。植田の写真のルーツの一端はルソーだったのか。またまた合点した。
ところで、私は若い頃、植田正治の写真に多少の違和感を持っていた覚えがある。フォト・リアリズムやシリアス・フォト一色の時代に、植田の演出臭のある写真が私の体に馴染まなかったのだ。コマーシャルな写真やスタジオの営業写真なら話は分かる。しかし植田の場合は一見、スナップ・ショットのようでありながら演出が混じっている。それは少なくともその当時の私にとって、やってはいけないタブーのようなものだった。
写真家は美や神秘を安直に創り出すのではなく、見つけ出すものだと思っていた。美は常に向うから飛び込んでくるものだと思っていた。それは生意気な私の崩せないテーゼだった。しかし植田はそのタブーの壁を軽々と飛び越えた。いや植田にとっては元から壁などなかったのかもしれない。植田には演出も非演出もどうでも良いことだったのだろう。表現したいものを表現するだけ。フィクションの裏に隠れているノンフィクション、存在の後ろに流れている理(コトワリ)のようなもの、ただそれを掴みたかっただけなのだろう。
終生アマチュア・カメラマンとうそぶいていた植田に、今は心から祝盃を挙げたい。
 話しが少し横道にそれてしまったが、写真家と画家を一人ずつ選んで似ているところを比べてみるのは案外面白い。 テレビはその後もつけっぱなしだったが、私はもう一人で遊ぶことに忙しくてナレーションも耳にはいってこない。似ていそうな写真家と画家を強引にひっつけてみる。植田正治がルソーだったら、ダイアン・アーバスも立派にその資格がある。ビル・ブラントはヘンリー・ムーアかモジリアニで、アッジェはデルヴォーか。でもこれは時代が合わないが、まっいいや。マン・レイはやはりマン・レイで‥‥巨匠アンセル・アダムスが御大東山魁夷に化ける頃には随分酔いが回ってきた。
中年オヤジがテレビの前でニヤニヤ,ブツブツ言いながら独酌している。ちょっとアブナイ。  梅錦はまだ少し残っている。じゃあ次は写真家と音楽家、といこうか。


 スペース遊の写真展はしばらくの間、常設展示となります。企画展は新しいアイデアが浮かぶまで小休止。すみません。ちなみに今展示している写真は、ユージン・スミス「楽園への道」、アンセル・アダムス「ヘルナンデスの月の出」、ロバート・フランク「ホボケン」、ユセフ・カーシュ「チャーチル」など。
 次回の「写真の愉しみA」は、「写真を買うということ」を予定しています。

                               

 2006.11  (ジャッキー天野)


■『Iyoの風マガジン』は愛媛”伊予”の梅錦より発信しています。